あめ

ここ数日大阪は雨模様。
雨の音、雨の臭い、雨の空気、その風情に触れると、いつも何かを思い出しそうになります。

私がまだ私でなかった時の記憶。
遠い遠い魂の記憶。
心が揺さぶられ、嗚咽をもらしたくなる感覚に襲われる為か、なかなかその記憶の全貌を思い出せずにいます。

古い記憶を垣間見つつ幼い頃より過ごした雨の日は、それでも良い思いでのほうが多い気がします。
雨は母体に抱かれる胎児のような心地よさがあるので、私はこんな雨模様の日に精神の安らぎを得ることが出来ます。

こんな感覚に襲われるのは私だけでしょうか?
たいていの方は雨の日は嫌いだとおっしゃいますもんね(^^;)

澄みわたる青空は、すがすがしい感覚と共に活力をもたらします。
変化や変動に耐えうる力を与えてくれます。

お天気も自然界の4元素の性質をもち、役割をになっているんだろうな・・・
などと一人ごちる月でございました☆



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15:40 | 徒然に… | comments (0) | edit | page top↑

追儺

追儺(おにやらい)とは、節分の豆まきのもとになった行事です。(^^)
もともとは中国から伝わった宮中行事で700年頃から行われていたらしいですよ。
大晦日に鬼に扮した役人を宮中の公達が追い払い、一年の災厄をはらったとされています。
平安の時代の宮中行事はわかりやすいく形にされていますね。
御伽噺のような日常を真剣に暮らしていたのかな・・・と思うと、楽しくなります。

私は歴史が大好きで、数多くの本を読んだりその土地を訪れたりしますが、中でも平安時代はより楽しめますね♪
おろかなまでに理想郷を現実の世界に造りだした時代は、人間の煩悩や情欲がまざまざと映し出されています。
そんな中でいたってまじめに繰り広げられた宮中行事は、ほとんど形を変える事無く現在に伝えられ天皇の公務とされています。
皇室を廃止すべきだと考える人にとっては無駄極まりない事に感じるしょうね。
私も天皇制には両手をあげて賛成を出来るかどうかは疑問ですが、こういった行事はゆとりの中から生まれる独特の風情を持っていますので、それがなくなるのは惜しいなと思いますね。

さて、この追儺も元は旧暦の正月にあわせた大晦日の日に行われたものです。
今年の旧暦のお正月はなんと!2月14日バレンタインデーの日なんですね〜。
大晦日に災厄をはらい、人としてのよこしまな感情や打算を打ち払い、下心の無い相手に対するピュアな思いだけを見つめてみましょう。
長く時を共にするカップルにも新鮮な感情が見つけられるかもしれません。
また、自分にとって魂の触れ合う本当の相手を見極めることが出来るチャンスかも知れませんね♪

明日は新暦の節分。
いつもは鬼に向かってぶつける豆を、自分の心にひそむ打算や下心に向けてみて下さいな(^^)
旧暦の正月を迎える前に、一足先に心の追儺をすませましょう。


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09:35 | 徒然に… | comments (0) | edit | page top↑

とんど奉り

先日、私が住む地域の氏神様のとんど祭に行ってきました(^^)

お正月のお飾り達を焼いてもらい、お神酒とおぜんざいを頂いてきました。

今年は過去のいろんなシガラミからも解放されたいなーと思い、お札やお守りも共に焼いて頂き、ちょびっとすっきりした気分になりました♪

新年のお飾りには先年までに消化仕切れなかった煩悩がやどり、とんどの火はその煩悩を浄化する清めの火だとも言われています。
煩悩から解放された人は、火の中に入っても熱くなく焼け死ぬこともないと言われたりしますが、それって人間の枠から逸脱すると言う事なので、煩悩を拭い去るのはいかに難しい事かと思います。

私がとんどに訪れたこの氏神様、すごーく小さい神社だけどとても古くからこの地を守っていたとか☆
ウィキペディアにのっていたので驚きました(^_^)
御神体は淀川の水底から現れた石だそうで、石に油を塗って病気の全快を祈願したりするんだってー。
不思議☆
色んな祈願の方法があるものですね。(^_^)

この神社はお社自体が静かな青い炎の中で揺らいでいるイメージがあります。
こうして参拝すると、この清めの火に触れて私の心の醜い脂肪を焼き取ってくれるような心地よさがあり、娘の七五三参りも、この神社を訪れました。

良い意味で時間の止まったこの空間で頂いたとんど祭のお神酒とおぜんざいは、なんだか心に染みる温かさがありました。

私もこんな温かさのあるジュエリーやお守り石をご紹介していきたいな(^-^)と、新しい目標を掲げる事が出来た有意義な一時でした。

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02:34 | 徒然に… | comments (0) | edit | page top↑

えべっさんですな(^^)

えべっさんは商売繁盛の福の神で有名ですね。
大阪では多くの人が各地の戎奉りの参拝に訪れているようです。


アトリエから自転車で5分程の所に、古くから地元の氏神様として親しまれている神社があります。
毎年、戎奉りが催されて小さいながらも出店が出て、地域を賑わしてくれています。
私はこの古く小さな神社が大好きで、初詣にも戎奉りにも通っている始末です。氏子達が雅楽にを演奏したり、お神楽を舞ったりと地域密着型のお祭りが季節ごとに催され、古きよき時代と言われる頃の日本特有の情緒って、こんな感じなのかな〜(^-^)なんて思いました。

「商売繁盛で笹もって来い!」と言う歌にもあるように、えべっさんと言うと「商売運の神様」=「金運」ですが、えべっさんのもたらす「運」て、結構肉体労働的な様に思います。
運気を上げて宝くじを当てると言うような、「あぶくぜに」ではなく、鉱山で金の鉱脈を掘り当てる感じ。日々積み重ねてきた努力が実を結ぶ様、ちょっと背中をおしてくれるだけ。
結局自分で歩かないといけないし、ラッキーな事が起こる分けでもない。
日常を怠ける事なく努力する人に、いつも一人で背負う荷物をえべっさんが半分背負ってくれる(^^)


私たちを取り巻く「気」も、行動をサポートする様流れる時期です。

アクティブに力強い歩みを続ける事で、運気をあげ福運が上昇しやすい時。
結局「運をつかむ」とは、諦めず努力を続けると言う基本的な行動が秘訣だったりするようですね。f^_^;

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10:39 | 徒然に… | comments (0) | edit | page top↑

角質

心の角質とは…

既に吸収すべき事柄は得て、捕われてはいけない感情に捕われる事。

野菜や果物に旬の時期があるように、感情にも旬の時期があります。
感情は旬である時期に最も繊細に細部まで感じ得る事が出来ます。

その時期は感情を受ける受け皿も大きくなっているので、感じ安く大変ハードだったりしますが。
その影響か、感じやすくなっている心はその感情を「痛み」と受け取る事が多く、その痛みが癒えても「痛かった」事ではなく「痛みの元」「痛みの原因」に対して訝しい感情を持つ事が多いようです。

ですが、そんな所でそんな感情に捕われていても、良い事はありません。

「痛み」を「痛み」と感じる事が学びであり意味を成します。
「痛み」を感じた事に対する負の感情は自分にとって手枷足枷にすぎません。

更にやっかいな事に、「痛み」と「痛みを感じた事に対する負の感情」の区別がつきにくく、「痛みを感じた事に対する負の感情」を「痛み」だと勘違いしがちです。

心が何を痛みと感じたのか。
痛みを感じてどう思ったのか。
心をしずかに耳を澄ませば聞こえて来るはずです。


月がしずかに碧い輝きに満ちる夜、あなたの心の小さな言の葉に耳を傾けてみませんか。

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08:28 | 徒然に… | comments (0) | edit | page top↑